川島 伯典 & PIAGGIO VESPA125ET3(2016.03.05) |

Q1:バイクに乗ろうと思ったキッカケっていうか、影響受けたモノは?
Q2:「バイクってサイコー!」って思った時。
Q3:史上最悪の出来事は?
★ 1 ★
① 一番最初は幼少期。
仮面ライダースーパー1だったようです(調べたらマシンのベースはハーレーでした)
② 高校時代に好きだったハーレー乗りの雑誌。
私の出身地、長崎県の佐世保にある米軍基地では、年1回「アメリカンフェスティバル」というイベントがあります。
高校生の時、そこに来ていたハーレー集団の1人のバイクにまたがらせてもらいました。
手がハンドルに届かなかったので、それ以来「ハーレー無理やな!」と思っているのですが、その頃よく見ていたハーレー雑誌に、セカンドバイクのVESPAにまたがる悪そうな兄ちゃんが載っていたのをカッコいいな~ってなんとなく記憶していたんだと思います。
③ 大学に入って原付が必要となったこと。
普通自動車免許しかなかったので原付を探している時に、通学中のバスからシルバーのベスパが見えて、そのお店に話を聞きに行ったのが最初の購入のきっかけです。
そこで新車の50s vintageを親に買ってもらいました。
★ 2 ★
① 大学時代、神戸にいながら静岡や関東の友人ができたこと。
② 雨の中、ベスパP200Eで神戸から出発し、ノントラブルで浜松に到着した時。
③ 茨城県牛久市で開催された第1回ベスパブランチに1964年式ベスパ150GLで神戸から参加し、自走最長距離賞をいただいたこと。
④ 自分で組み立てたベスパで初めて出場したルーツ・ザ・原チャリ2時間耐久レースで完走できたこと。
……これ全部学生時代ですわ。
社会人になってからはずっと好きなことを続けているって感じでしょうか。
走ってて気持ちがいい、サイコーと思うのは淡路島、小豆島、伊豆。海ですね~。
★ 3 ★
① 新車の50sに乗りはじめて1ヶ月くらいの頃、シフトチェンジで慌てて交差点で横からクルマにぶつかられた時。いきなり板金塗装。
② 50sで神戸からフェリーに乗り、門司港から実家の長崎に帰る途中、対向の右折車を避けようと後ろブレーキを踏みすぎて転倒。また板金塗装。
③ 一番大きい事故は、右折レーンで右後方から直進しようとした大型トラックに倒され、そのまま交差点の向こうまで結構な距離を轢き続けられた。
よく擦り傷だけで助かったと思います。乗ってた150GLも板金塗装でなんとか直りました。
……といった、ベスパが痛々しくなるような事故に比べれば、パンクやワイヤー切れや抱きつきなんて可愛いものです。
★ ★ ★
ご登場いただくナイスガイの皆様にお願いしているアンケートの質問に「今まで乗り継いできたバイクをざっくりでいいのでおせーてください」ってのがある。
川島さんの場合は……。
① 1995 Piaggio vespa 50s:④の購入時に手放しました。
② 1978 Piaggio vespa P200E(増車):後にサイドカーがついて現在も所有しています。藤枝にあります。
③ 1964 Piaggio vespa 150GL(増車):結婚を機に手放しました。
④ 1955 Piaggio vespa 150GS vs1(増車):現在も所有。
……といった感じで⑧番まで車名が並んでいる。
ひとことコメントを添えるあたりにマメさを感じるなあ。
このマメさが如実に現れているのが、学生時代から現在に至るまでのスクーターライフが刻まれたアルバムだ。
ざっくり言うとこの世には2種類のアルバムがある。
1つは伊東屋とかで売ってるような、四角くてデカくて表紙も立派でビニールのカバーが付いてたりして、カワマッチャン曰く(http://www.streetride.jp/konetastage/yb06/)「持ち重りがする」やつ。
その主役は家族だったり成長する子供だったり……。
明日はひとり娘(27歳)の結婚式。
家族で過ごす最後の夜だ。
しんみりした空気で食卓を囲む親子3人。
ビールを飲み干した父親が、「そうだ」とつぶやいて立ち上がり、居間を出ていった。
戻ってきた父親の手にはアルバムがあった。
家族で広げてみたりする。
生まれたばかりの。
七五三の。
幼稚園児の。
小学校の入学式の。
遠足の修学旅行の卒業式の。
運動会の海水浴のクリスマスの。
アルバムの中に刻まれた思い出がゆっくりと甦る。
「お前この後オシッコもらしちゃって大変だったんだからヨォ」(父親:遠藤憲一)
「やだもー、おとーさん!」(娘:多部未華子)
「この時もオシッコもらしそうになってナァ」
「ちょいとおまいさん、飲み過ぎですよ」(母親:和久井映見)
「そんなお前が……こんなに大きくなりゃ〜がって……祝言だァ? このヤロウ……」
「お……おとっつぁん!」
……といった感じで一家に一冊系の立派なアルバムには、出番はたまにしかないけど一撃で見る人間の心を揺さぶってしまう力が宿っている。
でもってもう1つは、『写ルンです』で適当に撮ったくだらない宴会写真とかを現像するともらえた景品アルバムだ。
たいがいページの表裏に各2枚のポケットが付いていて、全部で24枚、つまり24枚撮りの写ルンですを現像した写真をそのままぶっこめる仕様になっている。
ビニールのシートをめくり、位置を慎重に見定めてぬちゃぬちゃしているページに写真を貼り付けるんだけど失敗した場合、剥がすのに気を使う。カッターが要る。裏がベリってなっちゃうかもしれない。と、立派なアルバムには製作時の緊張感とかレイアウト考えたりとかあるけど、景品アルバムはポケットにほいほい入れるだけなので手間がまったく掛からない。
なので思い出は思い出だけど本気で大切な1枚はここには入れない的な、資料置き場的な、段ボールに詰めて押し入れに放置しといたら紙がカピカピになってる的な扱いになりがちである。
川島さんの一冊はもちろん立派なアルバムで、写真の横には別紙に書かれたキャプションも付いているというマメさ極まる一生モノだった。
なんでそんなお宝を俺が見たのかというと撮影後に川島さんの自宅を査察したからで、詳しくは雑誌版の3号でお伝えします。←いつだよ。
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