君はバイクに乗るだろう VOL.59 |
そんな季節。
店の裏の3000万で売りに出てる土地を「2500万なら現金で買う」と、オヤジが豪語しているおでん屋がある。
常連によると、どこにそんな金があるのかサッパリ分からないらしい。
でも何食っても美味いから行ってみろ。
早めに行ったほうがいいよ。
オヤジが酔っ払っちゃうから。
と言われて行ってみた。
時間は19時を少し回ったところ。
テーブルに1組、カウンターに3人の先客。
カウンターのちょっと高くなったところに手作りの惣菜が7、8品並んでいる。
噂のオヤジは20年後の泉谷しげるにみたいな顔でカウンターの中にいた。
既に飲んでいる。
向こうから3番目のヤツください。
注文を聞いたオヤジはゆらゆらと食器棚に手を伸ばして小鉢を取り、菜箸を惣菜に向けて言った。
「これ?」
ちゃう。
「これ?」
ちゃう。
その隣の緑色のヤツ。
奥から順番に聞くなよ。
向こうから3番目つってんだろ。
震える手でコンブの煮付けを小鉢に盛るオヤジ。
2500万持ってる気配はまったく感じられない。
じゃ、おでんください。
牛スジと大根とその丸っこいの。
「これ?」
ちゃう。
その隅っこの、それ。
「これ?」
そう。
それ2つ。
テーブルに備え付けられたタッチパネルで注文するやいなや酒もツマミも運ばれてくる爆安居酒屋が南極だとするとオヤジは北極だ。
でもって味なんだが、これが暴力的に美味い。
美味いんだけど店内には「枝豆 380円」といった紙切れが1枚も貼ってないのが不安ではある。
タコブツその他の「本日のオススメ」が、ちっちゃい黒板に小刻みに震えた書体で書かれているのだが、そこにも当然のごとくに値段は書かれていない。
小さな恐怖と2500万持ってる気配を少し感じ始めた頃、いきなりテレビのボリュームが上がった。
さっきまでニュースが流れていたテレビには北島三郎が映っている。
NHKの歌謡番組が始まった。
それを合図にオヤジは一升瓶を持ってカウンターを飛び出し、常連のテーブルで飲み始めた。
まさに「本腰を入れる」って感じ。
ここからの業務は奥さん任せになるようである。
オヤジは一升瓶からじゃぶじゃぶ酒を注ぎ、ぐいぐい空けていく。
店内の誰よりも飲みっぷりがいい。
残りわずかだった一升瓶をすぐに空けてしまったオヤジは驚いたことに、何の迷いも気兼ねもなくテーブルの上に置かれた常連の一升瓶に手を伸ばし、「俺んだもん」みたいな顔で飲み出した。
NHKの歌謡番組が終わる頃には、絶好調になったオヤジが隣のテーブルで飲んでいる俺ら3人にちょいちょいちょっかいを出し始めた。
ロレツ・ノット・ローリング。
基本的に何言ってんだか分からない。
軽く相手にしたり、こっちはこっちの話があるんでほっといたりしている間にもオヤジは加速。
しまいにゃ俺らのテーブルに右ヒジをどっかりと据え、「んあ〜、あいあい」とうなりながら常連の一升瓶を持ち出してきた。
レディース & ジェントルメン & ザス!
いつも。
ときどき。
今日初めて。
すべてひっくるめて、読んでいただきありがとうございます。
まだ半分くらいビールが残っていようがオヤジはお構いなしで焼酎を注ごうとするので、一気に飲み干し、つか、もう帰るんだけどと思いながらグラスを差し出す。
なみなみと注がれる常連の焼酎。
客の酒をガン飲みすれば2500万貯まるかもしれない。(総合司会・坂下 浩康)