粟野 泉 & Buell X1 Lightning MILLENNIUM &(2010 0930) |

Q2:「バイクってサイコー!」って思った時。
Q3:史上最悪の出来事は?

小学生ん時に見た『キカイダー』のサイドカーとワルダーのバイク。
中学生ん時、通学路にいつも停めてあったブルーのCB750F。
高校生ん時に見た『MADMAX』トゥーカッターとグースのZ1。
ROCK’N ROLL。
★ 2 ★
夕暮れの北海道の山ん中走っててPUNK。
薄暗い中タイヤ修理するも暗さが増すばかりで断念。
エアー抜けては止まり、エアー入れては走りでようやく一軒の民家発見。
「すんませんが、パンクしたんで、軒先で明かり借りてもいいですか?」
「ああいいよ、でももう暗いからうちに泊まってきなよ」
五右衛門風呂につからせてもらい、酒とメシをご馳走になったうえ、東京に出てった息子さんの部屋であったかい布団に寝かしてもらった。
おやじさんと呑みながら2人で見たロサンゼルス・オリンピックは、柔道の山下の決勝だった。
★ 3 ★
北海道のダートの峠でこけて、2メートルくらいの崖下に落っこちた時。
呑んで乗って自爆した時。
★ ★ ★
「30分くらい待っててもらえますか」
ビューエルを道ばたに止めた粟野さんは、僕を残して歩き去った。
バイクを置いて一度家に帰る。
その理由は「髪をセットしてきます。ツンツンに。清志郎ばりに」
清志郎をボスを仰ぎ、実際そのボスと仕事もしていた粟野さんである。
どんだけツンツンにしてくるんだろう。
そりゃもうベイベーな感じで帰ってくるはずだ。
置き去りにされたビューエルには戦闘機みたいなプロペラが付いている。
しかもデカい。
えらいイキオイでタンクの横に陣取っている。
新築マンションだったら近隣住民から反対運動を起こされるサイズだ。
ものすっげー違和感。
尋常じゃなくバランスが悪いはずなのだが、見ているうちに確信犯的な演出だと思った。
そうだよな。
どう考えても、付けてから「こんなはずじゃなかった」って気がつくパーツじゃないもの、これ。
僕は、地面と水平に右と左にマフラーが1本ずつ出てるのがこの世で一番美しいシンメトリーだと思ってるんだけど、ここまでいっちゃえばアシンメトリーも美しいわけだ。
ちなみにプロペラは「ラムドーピングのジェットファンBOX。パワーの出方が違くなります」とのこと。
なるほど。
ちびっ子に人気が出そうなパーツではある。
プロペラウォッチに飽きた僕は、道ばたでバイクウォッチングをしながら、ときどき「そろそろ来るかな~」なんて歩道橋を見上げたりしている。
粟野さんが姿を消してから40分くらい経過し、あー、こんだけ待つんならトイメンのラーメン屋さんでラーメンでも食ってりゃ良かった。と、思い始めたけどさすがにもう戻ってくるだろうから動けずにいると、粟野さんが歩道橋の階段の横から突然現れた。
あれ? どっから来たんすか?
僕はてっきり電車で家に戻ったのかと思ったのだが、粟野さんは徒歩なのだった。
しかもそれほど清志郎ばりなツンツンぶりでもない。
でもさっきは革ジャンだったのにスカジャンに変身している。
髪のセットを速攻で済ませたはいいけどスカジャン選びで時間を食ったのではないかと思われた。
なんせ激しい衣装持ちだから。
撮影を終えてウチに帰ると、パソコンに悲しいメールが届いていた。
粟野さんは撮影後、すったもんだしていた。
「あれ!? ない!」
現場から走り出してすぐ、携帯がスカジャンのポケットに入っていないことに気がついてすぐに引き返した。
でも、思い当たるエリアを捜索したけど見つからなかったという。
すかさず写真をチェックすると、歩道の隅から撮影の様子を見ている携帯が写っていた。
僕も今年3回携帯を落としている(奇跡的に毎回無事回収)
携帯を落とすと無力になる。
無力つか自分の番号くらいしか頭に入ってないじゃん。
僕の場合、なぜか粟野さんの携帯番号だけは覚えている。
「東芝EMIの粟野と申します。ブランキー・ジェット・シティというバンドを担当しているのですが……」
1992年の秋だった。
僕は編集者になったばかりだった。
携帯なんか持ってなかったから、粟野さんの携帯番号は頭に登録された。
それから何度も何度も電話をかけたから、今の僕がいるのです。




