映画『赤い季節』潜入記:後編 ① ~「死んでほしい」と言われても〜 |
3月11日の日曜日。
『赤い季節』の撮影が始まった。
「1時くらいに来てください」
制作部・沖主任の指令を受けて真夜中のアクアライン。
トランポにFTRを積んでロケ地の木更津を目指す。
と書いてはいるけど俺はトランポを持っていない。
撮影前の打ち合わせの時、沖主任に「バイク運ぶのはワンボックスがあれば大丈夫ですよね?」と聞かれたのだが、いや待てよと。
ワンボックスだけ借りてもラダーとかタイダウンとかまでレンタカー屋さんにはないだろうし、ましてバイクはナイスガイのみんなが大切にしている借り物つか宝物だし……もう……わーった! 俺が全部運びます!
と言ってはみたものの俺はトランポを持っていないのである。
どうすんの?
調子いいこと言っちゃって。
いやホントにどうしよう。
と思っていたら、お世話になっているライターのノア君が3月9日から1週間ちょっとの間、オーストラリアに行くという聞き捨てならない特報が飛び込んできたのでソッコーで泣きつき、水色のボンゴを貸してもらえることになった。
ノア君のボンゴは撮影だのサーキットだのにバイクを搬送するためのカスタムが施されているプロ仕様。
デカいバイクでも上手いことすれば2台は積めるという。
上手いこと?
そりゃ無理だ。
でもこのトランポなら安心だ。
冬の深夜。
アクアラインはガラガラもいいとこだった。
順調順調〜。
って、あれ……。
料金所ってあっちか?
木更津金田って書いてあるけど、もしかしてココじゃ降りられないんスか料金所のオジさん!
「袖ヶ浦まで行くしかないねえ」
俺、やりがちだよなあ、こういうの。
木更津金田で降りる前提でプリントアウトしたYAHOOの地図しか持ってないのでやや焦る。
とりあえず明るい方、ひとまず太い道。
そんな感じで木更津の駅にたどり着いてタクシーの運転手(オバちゃん)に聞いたけどさらに迷い、数度の一方通行逆走を経て集合地点に到着した。
そして「明日からはナビを使おう」(←付いてけど使い方が分からなかった)と心に誓ったのだった。
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夜の街を駆け抜ける主人公・健。
FTRと新井さん(浩文)のシーンが終わったのは3時とか4時とか。
おーし。
この日のFTRの出番は無事終了。
トランポに戻ってFTRを積み込み、今すぐにでも帰れる状態(帰れないけど)にして寝袋に潜り込む。
いや〜、寝袋久しぶり!
具体的に言うと2006年のアラバキぶりの寝袋だ。
寝たんだか寝てないんだかって感じで6時半。
ぼちぼち現場に2台のSRを運んでくれる山口兄弟(http://yamaguchi-ringyou.com/)が来る頃だ。
つって起きると外はもう明るかった。
そしてスタッフ一同は動き回っていた。
寝ないんだ……。
正確には寝れないのか。
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ふらふらと待ち合わせ場所に歩いていくと、山口兄弟は既にバイクを下ろしてスタンバっていた。
トランシーバーを持ったスタッフが赤い誘導灯を手に散らばっていく。
撮影場所付近の道路を封鎖するのだ。
この業務はキツい。
だって封鎖される側としては、日曜日、デートだピクニックだって早起きして渋滞が始める前に高速に乗っちゃおうって家を出たら、普段ならガラ空きの地元の道で突然誘導灯を振りかざされて「すんません! この先で映画の撮影やってまして……」って止められちゃうんだから。
もし俺が地元に住んでて寝坊して朝野球に遅刻しそうだったら、んなことイキナリ言われて素直に止まるだろうか?
とか考えたらなおさらキツい仕事である。
そこらへんは車止め部隊を仕切っている久保田助監督も重々承知しているようで、「知るかそんなもん!」みたいな人は行かせるように指示している。
頑張れ車止め部隊!
各所の確認が取れたらやっとゴーサイン。
街の真ん中で撮影が始まった。
と思ったら現場の上空に飛行機が向かってきた。
「カァーーーット!」
飛行機の音もNGなのだった。
録音部の人が持っている、竿の先にコストコで売ってるムートンのラグマットを丸めたみたいなフサフサが付いてるマイクはどんだけ高性能なんだろうか。
そう思うと少し離れて見てるけど咳とかクシャミとかヘタな物音は出せない感じで緊張する。
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SRの出番が終わり、山口兄弟を見送ったあたりから俺は憂鬱になっていた。
「死んでほしい」
監督にそう頼まれていたからである。
死ぬだけならまだしも「あと小芝居も……」
もちろん断った。
他にいくらでもいるでしょ?
しかしこうして撮影初日の様子を見ていると、現場で一番ヒマなのは……俺か?
まあ、俺だよな。
寝袋で寝てるしな。
チョイチョイチョイ役で、俺は健に殺されることになった。
で、殺された(←雑なレポート)
問題はその後である。
俺は血糊を落とすため、制作部の須永さんに案内されて近くのホテルへ向かった。
気が利いてるよね〜。
まず風呂だ!
俺は激烈に凍えていたのだ。
着替えは部屋に入ってすぐの床にぶん投げてユニットバスに直行し、浴槽に全開でお湯を張る。
そして衣装を脱いで便座の上に置き、とにもかくにも風呂に飛び込む。
くっは〜〜〜。
至福。
血糊で見る見る赤くなっていく湯船の中を見ながら俺はつぶやいた。
赤い季節じゃなくて赤い風呂……かっ!
くふふふふ。
殺し屋じゃなくて殺され屋……かっ!
くふふふふ。
さっき殺されたのに俺はご機嫌だった。
でものんびりしているわけにはいかない。
午後には、明日から始まるランブルさん(http://youwbike.exblog.jp/17313221/)での撮影に備えて、健(新井 浩文)のCBとアキラ(村上 淳)のZ1Rを、藤本君(http://youwbike.exblog.jp/12342829/)と門口さん(http://youwbike.exblog.jp/11616699/)に自走で搬入してもらうことになっている。
程良くキンタマも解凍できた感じだ。
ぼちぼち上がろっかね〜。
と、栓を抜いて立ち上がり、頭と体を洗ってシャワーで流してシャワーカーテンを開けるとなんか変。
つかそんな冷静じゃなかった。
うわーーーーっ!!
ユニットバスの床一面に赤いお湯があふれていた。
血の海である。
血の海に便器という名の無人島が浮かんでいる。
便器島。
またの名をウォシュレッ島。
とか言ってる余裕はまったくなかった。
頭や体を洗っている間にとめどなくあふれていたと思われる赤いお湯は、俺がわーわー言ってる間もユニットバスの仕切りを越えて外へ流れ出している。
ってことは……?
浴槽を飛び出してドアを開ける。
んがーーーーっ!!
そこでは、あまりに早く風呂に入りたかったがために風呂前の床に放り投げておいた革ジャン、革パン、ネルシャツ、Tシャツ、パンツ、靴下の着替え一式が水没していた。
うおーーーーっ!!(全裸で)
なんてこった!(生まれたままの姿で)
人間はこういう時に緊急時の対応能力が問われるのだろう。
だとしたら俺はほとんどゼロ。
通信簿だと1か2だ。
パンツが欲しい。
俺がまず考えたのはそれだった。
それもどうかと思うのだが腰にタオルを巻いただけの人間の無力感ったらない。
タオルを腰に巻き付けて、なぜか畳の部屋に置いていて無事だった携帯で須永さんに電話する。
「須永さんっ! 風呂が壊れて着替えが水浸しになっちゃって動けないんっす! なんでもいいんでパンツと靴下だけどこかで買って持ってきてもらえませんか!」
そしてビタビタと畳に足跡を残して部屋に上がり、フロントに電話をして事態を説明した。
とにかく早くココに来い!
ほどなくしてドアがノックされ、乱暴にドアが開いた。
飛び込んできたのは白衣を着た中国人の男だった。
どうやらこの部屋の下はレストランの厨房で、料理をしていたら突然天井から赤いお湯が降ってきて大騒ぎになっているらしい。
身振り手振りを加えた中国語でわめき散らす中国人シェフ(たぶん中華担当)
さらに掃除婦のオバちゃん(こちらも中国人)も加わってやかましい。
つか俺が呼んでるのはお前らじゃない!
あとその「どうしてくれるんだお前!」みたいな顔はやめろ!
それはこっちのセリフだ!
フロントを呼べフロントを!
と言い返してはみたものの腰タオルのマヌケさったらない。
早くパンツが穿きたい。
中国人の群れが撤収すると入れ替わりに須永さんがやって来た。
パンツが来た!
「わちゃー……。どうしたんですかこれは……」
どうもこうもねっす。
でもありがとうございます。
もう大丈夫ですから撮影にお戻りください。
パンツを穿いて薄っぺらい浴衣を羽織り、布団にくるまって震えていると、ようやくフロントの日本人が来たので濡れた着替えの乾燥を大至急でお願いする。
待つこと1時間ちょっと。
まだ襟とか裾とかが湿っているシャツに着替えて藤沢に向かったのであった。
よく風邪ひかなかったなあ。
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